2tomman Personal

トムトムマン(2tomman)佐藤奨です。


1981年7月、埼玉のど田舎に生まれた36歳。バブル世代とゆとり世代の間に挟まれた世代です。


元ライダーでもないアナタが、どうしてBMX競技施設の「YBP」に関わったの?については記事にしました。

http://www.2tomman.net/posts/2619347


読み方は佐藤奨(さとうつとむ)と言います。

苗字の佐藤はとってもメジャーな苗字ですが、名前の漢字の奨は、つとむと読めないですよね。

うちの両親もそれが狙いで、佐藤というとってもメジャーな苗字なので、名前の方は珍しいものにしたそうです。この漢字使っている人、確かにあんまりいないですよね。ただ、今から15年前くらいに、人生で1度だけこの漢字を使って名前も”つとむ”と呼ぶ方にあったことがあるんですよ。


その奨さんの苗字は小林さんで、少しだけその方とお話したのですけど、お互い、この漢字で生きてきて、なんて読むんですか?って相手に言われまくった人生を送ってきていたので、妙に親近感が湧きましたね。


どんな少年時代だった?


小学校時代は、いたって普通な少年。いや学校帰りは、寄り道しまくりで、いつも帰宅が遅くなって母親に心配される少年でした。


学校帰りに、田んぼのあぜ道を通って、草むらや小川から生き物を見つけて、虫とか魚、ザリガニを捕まえて寄り道しまくって帰ってましたね。そういう大自然がいっぱいな埼玉のすんごい田舎に育ちました。


特に大好きな虫は、クワガタ。で、クワガタ獲りに夢中になっていました。1日最高で67匹ものクワガタ捕まえたことがあります。どうやって67匹捕まえたのか、場所は、実家の近くのゴルフ場(平日の夕方)に侵入して獲りました。ゴルフ場の方、その節はすみませんでした。勝手に入ってました。


この時、一緒に行った友人が捕まえた数は11匹とかで、僕はその6倍。勝負していたわけじゃないですが、自慢です。


僕は、どの木に、クワガタが潜んでそうか、この樹液の匂いに居そうだとか、木のどのあたりにクワガタが隠れているのか、なんとなく分かってました。遠くからみると、この葉っぱの色をした木にはクワガタが居る。匂いと形でなんとなく分かっちゃう。


それでその木の下へ行き、枝の隙間とか少し掘ったところなど、クワガタのいそうなところを見つけて、たくさん捕まえられたんですね。その当時は、1日でたくさん捕まえられることを自分でも自慢してましたので、どうしてそんなに捕まえられるのか、と、同級生から不思議がられてました。


きっと、今はもうその捕まえる能力はないですね。何せ、匂いも木の葉っぱの色も忘れてしまいましたからね。小学生時代の毎日の鍛錬のなせる技?でしょうか。子供ってすごい(自分で言うな!)


ゲームも好きで、格ゲーもかなりやり込んでましたね。特に中学、高校時代は相当やってたと思います。


授業中に授業内容よりも、格ゲーのコマンド(主に鉄拳の好きなキャラで使える技のコンビーネーションのコマンド)を覚えるくらい、勉強よりも熱心にゲームをやり込んでました。同時期にゲームをやり込んでいた方なら、この熱中する気持ち、分かりますよね。


ある時、ゲーセンであまりに勝ちまくってしまい、年上の地元の兄ちゃん達に絡まれたこともあります。田舎なのでヤンキーが多かったんですよ。


勝つというか勝ちまくると楽しいのですが、年上の兄ちゃんが対戦相手の時はちょっと怖かったですけど、ゲームの中で年齢関係なく、勝つって面白いなぁって思えました。色々と怖いこともありましたが。


逆に、ゲームでなかなか勝てない相手が居ると、勝つためにゲーセンに通ったり、攻略本を読んで対策立てて見たり、実戦経験を積んだりと、だいぶ練習しましたね。負けず嫌いの凝り性です。


ちなみに当時は、今みたいにゲームの大会はありませんでしたが、隣町まで行って出場した大会で最高で準優勝まで行ったことがありましたね。小さい大会ですけれども。決勝で負けたのは、一緒にその大会に出場し、いつもは勝っていた友人でした。その友人が勝つための秘策というか、対応策を練られてまして負けました。油断でしたね。

どんなスポーツしてきたの?


少年野球 >  陸上(中・長距離)> 柔道 > ボクシング です。


少年野球に始まり、小学校から持久走が得意(小5と小6は学校1位、地域の駅伝でも区間賞獲得)であったことから、陸上をやり、高校では柔道とボクシングを。高校卒業してからもボクシングは少しやりました。

ゲームも好きでしたが、どちらかと言うと、運動の方が好きです。


いろいろなスポーツをやってました。陸上は好きでやったと言うよりは、小学生時代に持久走が得意だったから部活に入っただけで、特に自分の中で陸上をやりたいスイッチは薄かったですね。中1の時に練習しすぎて膝のお皿を疲労骨折してしまい、やる気が大幅DOWNしました。


というのも、膝を怪我してからは、走るたびにというか歩くだけでかなり膝が痛いので、部活には参加するものの、膝が痛くて練習を休むと、練習をなんでやらんの?と言う部員からの無言の圧?を感じながら(痛いからだよって思ってても、この痛みは他の部員からは見えないし..)痛みながらも、大丈夫な時は、なんとか練習をやる(やってしまおう)という、お前もやれよ的な圧力との戦いが辛かったっすね。


この練習のやらされ感から来る、お前も休んでないでやれよ的な部活の空気は、その後、こういうやらされ感の組織の末路は体感できました。


やらされ感の集団では(たとえ個人競技が集まったチームでも)大きな結果は出せず、マイナスしか生まないなって思えました。ある意味、良い経験したなって思ってます。辞めたくても、なんか我慢して続けてしまったんですよね。(最後まで、膝の痛みは部員たちに理解してもらえなかったですね。)


このあと成長して大人になってから感じましたけど、中学1年生で、膝の怪我をしてしまった原因は、練習量とアスファルトの上を身体が成長途上なのに走り過ぎてしまったことによると思ってまして、もう少し身体の成長と理論に沿ったトレーニングをすべきだな(だったな)と感じてます。


トレーニングにも、どういうトレーニングしたら良いなど情報は大事だと思いますし、年齢(身体の成長)とトレーニング内容は出来る限りフィットさせるべきかなと、今は思います。もし僕がこれから指導者になったら、そういうこと、本気で勉強しまくると思います。


特に年齢別のトレーニング方法。神経系の発達の年齢の傾向、身体の発達の傾向、そしてそもそもの自分の発達の傾向。これを勉強して対策を立てていくと思いますね。それが、もし今だったら。ということで願望に過ぎませんが。


柔道も、茶帯の1級で、黒帯になる前に辞めました。中途半端っすね。続ければ黒帯はその後すぐに取れたとは思いますが、同時並行して練習していたボクシングの方が面白くなって、ボクシングに専念。


柔道は一番下の階級が60kgマイナスという階級で、僕の柔道始めた当時の体重は40kg程度。一番下の階級なのに、出場する試合では、いつも60kgギリギリくらいの選手との対戦であり、約20kg差の体格の相手との試合ばかりで、めっちゃフリでした。


柔よく剛を制すって言葉がありますけれども、軽量級における体格差約20kg差って、さすがに、でした。いやそれを覆せるほど一生懸命ではなかったというか、そういうメンタリティじゃなかったですね。体格なんてカンケーねーって言いたかった。いや20kgは流石に。。笑


で、なぜそんな軽かったかと言うと、中学まで陸上の長距離をしていたので、無駄な贅肉も筋肉もなく、ガリガリだったんですよね。


それだけに、ほぼ同じ体重差が前提となるボクシングには、さらなる魅力を感じてしまいました。


やってきたスポーツの中でも、ボクシングを一番一生懸命やりましたけど、プロを目指す前に辞めました。まぁ、振り返ると、何やっても中途半端で、続いてないですね。。


ボクシングは一生懸命やりましたが、ジムで、ズバ抜けたセンスを持った選手を目の前で見ちゃったこと。かつ高校ボクシング強豪校出身の実力派の超エリート選手との同じジム内での待遇の差(まぁ、実際のところの実力差をたくさん感じて)あ、俺ここで世界獲れねぇって思いましたね。


待遇の差というのは、ジムでの練習は、試合と同じく3分と1分の休憩ってサイクルでずっと練習をしていくのですが、僕みたいな、ど素人選手は、3R分で1Rをトレーナーが見てくれる。それ以外は1人で練習。有望選手というは、1Rでだいたい3人の専属トレーナーがついているんですね。その差は3倍じゃないっす。9倍っすよね。格差ありまくり。


そのジムを批判するつもりはなく、今現在でも一番多くの世界王者を輩出しているジムでして、僕が先輩気取りできるほどこのジムでやってませんが、後輩選手たちを見守ってます。このジムは、有望選手を見つけては、ちゃんと(本当にちゃんとしっかり)育てる仕組みが整っていました(実はジムも高校時代は埼玉のジム、専門学校時代は都内のジムに移りました。特に都内のジムは本当に素晴らしいジムだと思いますよ。)


上記の、自分とのセンスの違いを感じた同階級くらいの若手選手(ズバ抜けたセンスを持っていると感じたその若手の選手)は、その9年後にしっかり世界王者を獲ったので、自分の眼は確かだったんだなって思えました。この自分の選手を見る眼はちょっとだけ自慢。たまたま当たっただけかも知れませんが、強い選手のポイントを把握するのは、かなり得意な気がします。


ちなみに、今関わっているBMXとは、完全に無縁です。。

どんな経歴?職歴?


経歴は、真面目に書くと、こんな感じ。by Wantedly https://www.wantedly.com/users/744


実は、建築系の専門学校を出てます。専門学校では、建築設備設計を勉強していました。いわゆる、施工管理技士とかで、ビルとかで施工管理の現場監督になるための専門です。


施工管理の仕事は、一般的にはニッチな職種ですが、ビル建設には大事なポジションのため、求人は事欠かず、給与はかなり良い。ってことは(求人広告の仕事に関わった)だいぶ後に知りましたね。


しかし、建築設備を学んで新卒で建築系の会社に入社するのですが、その会社を、たった4ヶ月半とかで辞めてしまいました。なんと!親不孝なヤツ。最低だぞ。


辞めてしまった理由は、いろいろありますが、非常につまらなかったのですね。専門学校時代に気がつけなかった。いや、この分野でやる気出ないって、正直なところ、気がついていたのですが、流れで就職してしまったのです。


で、何がしたかったのというと、20才の社会人になるタイミングの直前に強く想うことがあり、自分はいつか”楽しい場所創りたい”って思ったんです。割と真面目に。そして結構強めに。


なぜか社会人になるって意識をするタイミングで、そう感じた。


それで、最初に入った会社を辞め、楽しい場所創りたいって想いで、テーマパークで仕事をして、ウェディングプランナーして、リクルート関連会社入って、ベンチャー企業入って、2011年に一人会社で独立した、という流れです。YBP PROJECTには、2013年から関わって2014年から理事としてジョイン。


いろいろなことやっているように思いますが、自分の頭の中ではどれも、企画、プランニング、メディアに関わっていて、一貫しておりました。新しい知識は獲得しましたが、全く新しいことをやる感覚はそれほどないですね。

何が趣味とかは..


趣味はですね、多趣味とも言えますし、常に仕事に関わること、繋げられることを考えてますし、ワーカホリック、いわゆる仕事中毒者とも言えるかもしれません。


映画も好きですし、ショッピングも好きですし、何か体験することも好き。読書も好きで年間最低でも100冊くらいは買って読んでいると思います。


ネットサーフィンも、毎日とか高頻度でよくやります。SNSも見ますし、ネット、SNS関連は隙間時間によく見てますね。特に使うSNSは、TwitterとFacebook。あとは仕事で関わるSNSもよく見てます。


他、スポーツ観戦が好きで、ボクシングや総合格闘技が好きで、WOWOW契約して、海外の試合を、20年近く観てますね。


サッカーメディアに関わったことで、サッカーもそれなりに好きですし、競馬も(スポーツ観点で)かなり好きです。1996年の有馬記念が875億円売上たレース(サクラローレル優勝)の時も、テレビで観戦してました。


スポーツ好きな方とは、相当趣味が合うかなと思います。

好きな読書では、何を読む?


読書は、ほぼ仕事関連のことです。最近ですと、スポーツ関連。この7,8年継続してるのは、マーケティングやウェブのマーケティング関連についてが多いですね。


あとはメディアに関してや、コンテンツビジネス関連の専門書籍も多いです。いわゆるビジネス書が、かなり多めです。